先物取引の機能①

ロシアによるウクライナ侵攻が開始されてから3か月以上が経ちました。
コロナ禍と戦争というダブルパンチで、
物資の価格は高騰の一途を辿っているようです。

さて、今回は先物取引の機能に関するお話です。

先物取引という言葉を耳にした時、
多くの方は、投機とかハイリスク取引とか(あるいはギャンブルとか)といった
イメージを持つのではないでしょうか。
私もかつてはそうでした。

たしかに、先物取引は「結果的に」投機やハイリスクの要素を持つものではありますが、
本来は非常に重要な産業インフラなのです。

先物取引とは何かについて、これからご説明して行きます。

まず、先物取引の本質は単なる売買契約にほかなりません。
お金を支払って物を買う(反対側から見れば、物を売ってお金を貰う)契約です。
ただし、履行期(代金の支払時期及び物の引渡時期)が将来の一定時期である
という特徴があります。
将来受け渡される物の代金を今取り決めておくわけです。

次に、先物取引の大きな特徴として、
第三者への転売や第三者からの買戻しをすることで
契約関係から離脱することができるという点が挙げられます。
通常、転売や買戻しをしたとしても、
元の契約の拘束力から逃れることはできません。
契約の拘束力から解放されるためには、契約の解除を行う必要があります
(契約の解除を行うには、相手方の債務不履行が必要です)。
しかし、先物取引では、
同じ物の転売・買戻しを行い、元の契約の代金との差額を授受することにより
(これを差金決済と呼びます)、
契約関係から離脱することができるのです。
もちろん、これは取引所という閉じられた世界で取引が行われるからこそ
成り立つ仕組みです。

例を挙げます。A、B、Cの3人は共にX取引所の会員であるとします。
AはBに対し、2022年8月に受け渡される金を1g当たり7600円で1枚売りました
(「枚」というのは先物取引の取引単位です。金の場合、1kgのことです)。
AとBがこのまま転売・買戻しをしなければ、
2022年8月に、Aは取引所に金1kgを収め、
Bは取引所に7,600,000円を支払うことになります
(Aは取引所から7,600,000円を受け取り、Bは取引所から金1kgを受け取ります)。
ところが、
AはCから、2022年8月に受け渡される金を1g当たり7590円で1枚買いました。
つまり、Aは買戻しを行ったわけです。
これにより、Aの2022年8月における
7,600,000円の債務と7,590,000円の債権とが相殺され、
Aには10,000円が取引所から直ちに(2022年8月を待たずに)支払われます。
Aは10,000円の利益を得て先物取引から離脱したわけです。
BとCは、転売・買戻しを行わずに2022年8月を迎え、
Bは取引所に7,600,000円を支払い、引換えに取引所から金1kgを受け取ります。
Cは取引所に金1kgを収め、引換えに取引所から7,590,000円を受け取ります。
7,600,000円と7,590,000円の差額10,000円は、既にAが受け取っています。

※取引所は、買い注文・売り注文を受ける際に手数料を受け取ったり
 会員から会費を受け取ったりして収入を得ます。

上の例で、A、B、Cは、
B:金1kgを7,600,000円で買いたい、しかもそれを今確実なものにしておきたい
C:金1kgを7,590,000円で売りたい、しかもそれを今確実なものにしておきたい
A:先物取引で利益を得たい
という考えを持っていたわけです。
2022年8月、金の現物取引の相場が希望どおりとなっているかは分からないため
(これを価格変動リスクと呼びます)、
BやCは、今、希望どおりの金額で売買しておいた(リスクヘッジした)わけです。

ここに、先物取引の機能の一つである、リスクヘッジ機能を見出すことができます。
一般人が物の価格変動リスクに晒されるということはあまり考えられませんが
(株式、金利、為替、暗号資産等の金融関係では
価格変動リスクを負うことはあるかもしれません)、
事業者は常に物の価格変動リスクに晒されています。

例えば、電力の卸取引でこんなことがありました。

その前に、皆さんは、ご自身の電気代について、
自分がどれくらいの電力を使っていくら請求されているか把握していますか?
電力は、
W(瞬間的な電力)=V(電圧)×A(電流)
で計算されます。

イメージを持って頂くために例を挙げますと、
日本の一般家庭で使われる電気は、法令により100Vと決められているため、
1200Wのドライヤーを使うと電流は12Aとなります。
多くの家庭では30Aや40Aの契約でしょうから、
ドライヤーを3つか4つ同時に使うとブレイカーが作動してしまうはずです。
電子レンジやエアコンもブレイカーが作動する原因であることが多いですよね、
これらも比較的大きな電力を使用します。

そして、電力量は、Whという単位で表されるように、
1Wの電気を1時間使い続けた場合の量で計られます。
ドライヤーを1時間使い続けたときの電力量は1200Wh(1.2kWh)です。
東京電力では、最初の120kWhまでは1kWh当たり19円88銭(税込)、
120kWhを超え300kWhまでは1kWh当たり26円48銭(税込)ですから、
ドライヤーを1時間使い続けるとざっくり30円くらいかかることになります。

ところで、19円88銭や26円48銭というのは小売電気料金ですから、
小売電気事業者が仕入れる電力(卸電力)の価格は、これより安いのが通常であるはずです。
実際、卸電力の価格は、多少起伏がありましたが概ね10円前後で推移していました。
小売電気ビジネスでは、14円から16円の間くらいが損益分岐点であるそうです。
これが、コロナ禍が始まった2020年では、夏は7円前後で推移していたようですから、
その間小売電気事業者はウハウハだったはずです。

ところが!
2020年12月中下旬頃から翌2021年2月頃にかけて、
発電に使用される天然ガスの不足により、
卸電力の価格は未曾有の高騰となりました。
一時は1kWh当たり250円にも上りました。

250円ですよ!250円!信じられますか!

当然、破綻に追い込まれた小売電気事業者が現れました。
それなりの規模を有する会社も、民事再生や会社更生に追い込まれました。
ここ最近でも1kWh当たり20円前後で推移しているようですから、
卸価格に連動しない契約形態で小売りをしている事業者は、
電気を売れば売るほど赤字が出ているはずです
(実際、破綻事業者が後を絶ちません)。

これが、事業者が抱えている価格変動リスクです。
先物取引をやっておけば、こうしたリスクをヘッジすることができました。

このように、先物取引にはリスクヘッジ機能があるのです。
「産業インフラ」と呼ばれる所以です。

先物取引には、もう一つ重要な機能として、価格発見機能というものがあるのですが、
それはまた次回お話ししましょう。