先物取引の機能②

今回は先物取引の機能に関するお話の続きです。

前回、先物取引にはリスクヘッジ機能があることをお話ししましたが、
先物取引にはもう一つ重要な機能があります。
価格発見機能です。
この機能を説明するのは、実はとても難しいのですが、
あくまでご紹介するのが目的であるので、
ここでは簡単な説明に留めます。
より詳しく知りたい方は、是非、書籍等を当たってみて下さい。

まず復習ですが、先物取引は単なる売買契約であることが本質であるものの、
履行期(代金の支払時期及び物の引渡時期)が将来の一定時期である
という特徴がありました。
この履行期のことを限月(げんげつ)と呼びます
(よく契約書等で支払期日について「●月●日限り」と書くことがありますが、
この「限り」とは締切を指す概念なのでしょう)。
なお、各限月の取引のことを一月限とか二月限とかと言ったりしますが、
この場合には「いちがつぎり」とか「にがつぎり」と読みます
(「当月限納会日」は「とうげつぎりのうかいび」と読みます)。

履行期がある以上、その履行期が到来すれば、
契約を締結した当事者には履行義務が発生します。
先物取引とてそれは変わりません。

前回のお話の例で言えば、X取引所で行われた2022年8月限の金について、
Bは金1枚を7,600円で買い、Cは金1枚を7,590円で売っていました。
もし、BとCがリスクヘッジ目的で上記の取引を行っていたとするならば、
BとCは転売・買戻しを行わずに
当月限納会日(納会日は取引最終日のことです)を迎えるはずです。
そのとき、Bは取引所に7,600,000円を支払う義務を、
Cは取引所に金1kgを引き渡す義務を負うことになります。

しかし、BとCも、Aと同様に、
先物取引で利益を得たいという考えを持つプレイヤーであった場合
(すなわち、Bは7,600,000円を支払うことなどできず、
Cも金1kgを持っていないような場合)、
BとCは、たとえ利益を得るどころか損失が生じてしまうとしても、
取引が終わってしまう前になんとしても転売・買戻しをしようと動くはずです。
その結果、取引終了の前に(例えば当月限納会日に)、
BC間で金1枚を7,595円で売買する(BがCに金1kgを7,595,000円で売る)
という契約が成立するでしょう。
Bは購入代金7,600,000円と売却代金7,595,000円の差額5,000円を、
Cは売却代金7,590,000円と購入代金7,595,000円の差額5,000円を、
それぞれX取引所に支払うことになります。
これらの合計10,000円は、既にAがX取引所から受け取っています。

ここで、上記のBC間の契約は、履行期を目前に控えた段階で締結されたものですから、
言ってみれば、
履行期(代金の支払時期及び物の引渡時期)が将来の一定時期である
という先物取引の特徴すらほとんどない、普通の売買契約に限りなく近い契約です。
先物取引の文脈では、
先物取引に対置するものとして現物取引(普通の売買取引)という概念が登場しますが、
まさに上記のBC間の契約は現物取引とほぼ同じなわけです。

ここに、先物価格と現物価格の一致が見られるわけです。

X取引所の例では、説明をシンプルにするために
プレイヤーをA、B、Cの3人に限定しましたが、
実際には数え切れないほどのプレイヤーが存在します。
そうしたプレイヤー達が、取引の終了直前までせめぎ合いを繰り広げます。
そして、最後に成立した取引こそが、現物取引に最も近いということができ、
その価格こそが、いわばその限月における金の価格(「答え」)であるというわけです。

※なお、上の例で、BC間で契約が成立せず、
AC間での金1枚7,590円の売買が2022年8月限の最後の取引であったとすれば、
「答え」は7,590円であったことになるでしょう。

先物取引は厳格なルールの下で行われ、かつ、取引の過程を誰でも見ることができますから、
公正かつ透明に価格が形成されます。
そうして形成された価格は信頼できるものということができ、
取引所外で現物取引(例えば当事者間の相対取引)を行う際の指標となります。

これが価格発見機能です。
事業者の多くは、リスクヘッジ機能よりも価格発見機能の方を
重視することが多いように思います。
というのは、取引所で行う先物取引は高度に規格化されているため
(これは公正かつ透明な取引を行うためには当然でしょう)、
利用者にとって使いにくいという面もあり、
取引所で形成された価格を指標として参照しつつ
取引所外で取引を行う方が合理的であることが多いのです。
(ただし、取引所にはプレイヤーが多く集まる上、
各プレイヤーの利害状況や思惑も多様ですから、
取引所での方が契約が成立しやすいということは言えます。
リスクヘッジのためにはリスクをとってくれる(=投機してくれる)相手方(テイカー)が
当然必要なのであり、相対でこれを見つけるのは必ずしも容易ではありません。
また、テイカーには法令により規制がかかります)。

リスクヘッジを行うだけであれば、
客観的な適正価格を度外視して主観的な適正価格で取引所外取引を行う、
(極端な例ですが金1kgを5,000,000円で売る等)
ということも考えられますが、
それは果たしてリスクヘッジになっていると言えるでしょうか。
客観的な適正価格を参照しつつ取引を行ってこそ、
効果的なリスクヘッジとなるはずです
(なお、相場と乖離した取引を行うと
相場操縦という重大犯罪の疑いが生じるおそれもあります)。

価格発見機能は、リスクヘッジ機能と併せて
先物取引を「産業インフラ」たらしめる極めて重要な機能です。

価格発見機能については、一つ面白いお話があります。
江戸時代の日本に存在した大阪の堂島の米会所は、
世界で最初の先物市場であると言われることがあります(異説もあります)が、
当時、米会所で形成された価格は、数kmずつ設けられた高台を経由して、
毎日3回、日本各地へ旗振りで伝達されていたそうです。
堂島から広島まで約40分、江戸までは約8時間で伝わったとか
(途中の箱根は飛脚が走るしかなかったようです。箱根駅伝の起源だったりして?)。
今でも、関西や四国には、「旗振山」と名付けられた
数百メートルの小高い山がいくつかあるようですね。
旗振り通信は、米の価格を知るための当時のITであったわけです。

ところで、リスクヘッジ機能と価格発見機能は、トレードオフの関係にありがちです。
かなり難しいお話なのですが、
機会がありましたら、この点についてもいずれご説明するかもしれません。